国際交流とは

活動日誌
12 /14 2016
今議会では、ある議員が、ドイツとの国際交流について質問しました。
 そこで考えたことがあります。
 国際交流とは何かということです。
 その議員は「スポーツを通して交流し、その交流を継続したい」としていますが、はたして何のためでしょうか。同氏は、さまざまな交流を通じ青少年が国際交流を経験することで、国際感覚を養い、人材の育成を図りたいとしているようです。まことにまっとうな主張であろうと思いますが、もう少し進めて考えてみたいと思います。
 ここで、国際感覚を養うことが、国際交流の一つの目的として妥当であるとしましょう。問題は「国際感覚」とはどんな感覚なのかという点です。
 本質的には、「国際感覚」とは、「世界には習慣・風俗・文化・宗教・歴史の異なる多くの国や地域があることを知り、その一つひとつを認め尊重する姿勢や態度」といえるのではないでしょうか。現代社会では、その「認め、尊重する」という姿勢が欠如し、自国の価値観のみを正当化するあまり、その価値観に合致しない国・域地域を「野蛮」などと決めつけ、その存在を否定するがごとき態度に出て、挙げ句の果ては武力攻撃まで行うような姿勢が多くの先進国といわれる国の実態です。
 もちろん、価値観や習俗の違いといっても、人類普編の原則を逸脱するようなこと、例えば、両性の平等を否定し、女性の権利を抑圧するようなことを行っている国や地域は徹底的に批判、叫弾されるべきであり、黙視すべきではありません。しかし、その解決のためには、国際世論で包囲することや、その国や地域の中で解決のために努力している勢力への励ましや支援など、間接的な手段によるべきであり、内政干渉になるような手段を取るべきではありませんし、ましてや武力で制圧するなどということはとうてい許されません。
 いずれにしても他国や他地域を対等な立場で認め、尊重するという姿勢が大事であり、相手を大切にするという感覚こそ真の国際感覚であろうと思います。
 さて、こうして国際感覚を身につけることを含めた国際交流の目的とは何でしょうか。
 単に「外国人と語りあったり、共に同じことをしたり、共通の時間を過ごしたりというのはあまりにも幼い考えですので、そこから一歩進めて他国、他地域の異なる文化に触れて、知って、理解し、尊重することを前提に、自国の文化、習俗との融合を図り、自国で不足していること、不十分なことなどの改善に結びつけられるよう学ぶということではないでしょうか。仲良くなればそれで良いという段階をのりこえて、互いに文化を高めあうということこそ、国際交流の究極の目的であると思うのです。
 ドイツとの交流で言えば、私自身はドイツについて詳しく知見しているわけではありませんので断片的にはなりますが、これまで見聞きしてきたことをあげるだけでも学ぶべき点が少なくありません。
 例えば、第2次大戦の戦争責任を徹底的に追及し、止むことを知らずに軍国主義・全体主義の撲滅を希求する姿勢があり、これだけでも、真摯に学ぶべき点であると思います。他にも、学ぶべき点は多々あります。学校は伝統的に授業は午前中のみで、午後は、子どもたちはそれぞれの地域でスポーツをはじめとした各種の文化的な活動にいそしむというのが日常であるといいます。また、環境に対する考え方もかなり進んでおり、各種の商品の容器はリユースが徹底されいるほか、脱原発、自然エネルギー活用への政治姿勢も大いに学ぶべきです。加えるならばベルリンでは1990年代の壁崩壊の後、その撤去も含めて土木工事は遅々として進まなかったそうですが、これは日常生活に支障のないことは後にまわすという考えと、土木工事業者が日本に比べてかなり少いことが背影にあるとのことです。日本では、ゼネコンと政治が結びつき、公共事業の名目で次々と環境を破壊し、税金を食い物にしているのと比べて、何と大人なのだろうと感じる一面です。ではどんな業者が多いのかというと、ドイツ留学経験のある人によると、それは旅行業者だそうです。一般市民から政治家まで含めて、ドイツ国民は、1年のうち2か月は有給休暇が保障されており、こぞって旅行をするなど、バカンスを楽しむそうですが、そのためのサービス事業が一大産業として確立しているとのことです。
 何ともうらやましい話ですが、これは視点を変えてみると、それだけ働く人が大切にされ、会社のために働くのではなく、一人ひとりの国民の文化的な暮らしのために働くのだということが、まさに実現している姿が見えてきます。
 こうした異文化をこそ、しっかりと学んでくること、そしてそれを自らの生活に取り入れるべく努力すること、このことが真の国際交流ではないでしょうか。
 文頭の議員は、今年2週間にわたってドイツを訪問して来られたとのことですので、これから上記のようなことを含めて、学んできたことを議会活動に生かされることと思います。大いに期待したいと思います。

上越斎場を考える

活動日誌
11 /03 2016
 上越市居多にある上越斎場(火葬場)は、1985年の建設から30年が経過し、特に炉の老朽化が激しく、対策が求められています。
 そこで、市は現在の斎場の北側(びょうぶ谷野球場の南側)の約8000㎡の土地に新しい斎場を建設する計画を立て、概要を26日の市議会厚生常任委員会で報告しました。
 それによると、新しい斎場は火葬炉が7~8基(現在は4基)、動物炉1基(現在は汚物炉1基)、待合室7~8室(現在は5室)、多目的室1室などを備えた延床面積3000~4000㎡(現在は1367㎡)の建物にするとのことです。また、現在の斎場は取り壊して駐車場として活用する計画です。
 火葬炉の耐用年数は16年とのことで、現在の炉はすでに耐用年数をかなり過ぎています。どんなときにでも支障なく利用できる斎場はどうしても必要です。一刻も早い整備が待たれます。
 ところで、上越市には、このほかにも柿崎区の頸北斎場(2002年建設)もあります。その他に中郷区と板倉区の市民は妙高市の経塚斎場も利用しています。それぞれ、合併前からの歴史的な経緯や地理的条件のもとで利用していることから、新しい斎場が建設されたからとしても、単純に集約するわけにはいきません。ところが、26日の委員会では、「新斎場が竣工すれば、頸北斎場などは廃止したい」とのことです。そこで、「小規模施設を分散して建設できないか」「斎場がなくなることによる地域経済への悪影響をどう考えるのか」「現在の施設を維持する場合の費用計算はどうなっているか」「各区へは説明するだけでなく、地域協議会への諮問をすべきではないか」などの質問を展開しました。今後も継続して追及していきたいと思います。
 なお、市の計画では、平成28年度基本構想策定、平成31年度本体工事着手、平成33年度完成・供用開始としています。下に市が示した資料を掲載します。
20161103c
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活動日誌
10 /31 2016
お待たせしました。
市内のゴミ処理施設(廃棄物処理施設・再資源化施設9の見学会を計画しました。
ふるってご参加ください。
ただし、先方との調整や保険加入手続きの関係上、参加申込みの締切はお守りください。
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ウジ虫入りでも少なけりゃOK?

活動日誌
09 /13 2016
 アメリカという国は恐ろしい国で、下の新聞の記事にある通り、経済効率優先で、食品への異物混入基準が目茶苦茶のようです。こんなことがまかり通っているようでは、恐ろしくてアメリカなかに行けません。
しかし、残留農薬基準や添加物の基準などは、自国内の基準よりも他国への輸出物の基準をかなり甘くしていますから、日本への輸出食品ときたら、想像するだけでもぞっとします。
もちろん、TPPが発効したら、こんな基準が日本にも押しつけられ、なにが入っているかわからないようなものを食べさせられることになります。
あ~~、やだやだ!!
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若者の悲劇

活動日誌
09 /04 2016
 二人に一人が非正規雇用、正規雇用なら死ぬほどの過重労働。今の若者が追いつめられている状況ですが、意外にそのことが理解されていないようです。
 どうしてなのかなと考えていましたら、次のようなヒントがありました。つまり、若者の現実を、大人がわからない、理解できないという悲劇があるということです。

【若者の現実を大人はわからない悲劇】
5つのよくある「若者論」
①労働万能説・・・・・・働けば収入を得られる
②家族扶養説・・・・・・家族が助けてくれている
③青年健康説・・・・・・元気で健康である
④時代比較説・・・・・・昔はもっと大変だった
⑤努力至上主義説・・・・若いうちは努力をするべきで、それは一時的な苦労だ

 これらは、世の中を客観的に見てみると、すべて間違っていることがわかるのですが、わかったような気になっている大人たちは、自分のごく狭い経験だけから判断して、上のことを信じ込まされているのではないでしょうか。
 これでは若者は救われません。
 もちろん、中にはこうしたことに当てはまる若者も少なくないでしょう。全ての若者が貧困にあえぎ、全ての若者が理不尽に来る示されているということではありません。しかし、苦しい状況に追い込まれ、そのことが無理解なために阻害されている若者がかなりの数にのぼっていることも事実です。しかも、この経済大国日本にあっては、そうした若者は一人でもいることは本来許されないことであるはずです。
 「自助努力」「自己責任」という言葉を聞くと、背筋が寒くなりますが、多くの場合は、すでに努力をし、すでにしっかり責任をとっている人に対して投げかけられている現実があるだけに、ますますいやになります。

ひららぎ哲也

 27年間の私立高校教員を経て、日本共産党の上越市議会議員になりました。
 学校での教育実践のモットーは「一人ひとりを大切に」。学校の枠を超えて、若者が夢と希望を語れるような上越市を作ろうと、市政改革に挑んでいます。
 明るい街作りは暮らし応援の市政から。市民が主役の上越市政に挑む「ひららぎ哲也」に大きなご支援を!