都市計画マスタープランに思う

活動日誌
02 /05 2015
 上越市は、今年度、都市計画マスタープランを作成中で、昨年その中間報告が出されています。
 その中間報告を見ると、「長期的視点に立った拠点への人口集束のイメージ」として、「市民が居住地を選択できるようにしながら緩やかに集束を図ります」とあります。
 しかし、今現に住むところがない市民や暫定的に住んでいるという市民は、居住地を選びながら一定の拠点に「集束」することも考えられますが、多くの市民は長年住み慣れた現在の居住地があります。その今の住まいから、「居住地を選択する」ということが現実的なのかというと、大いに疑問です。
 奈良女子大の中山徹教授は、「コスト削減に対応した地方のつくり替え」として、「市町村合併で予算を削減したが、その多くは人件担の削減による。行政区域を合併させても、人々が元の地域で住んでいる限り、行政需要に対応したコストは簡単に減らない。ここを大きく減らすためには、人々を集めて住むようにしなければならない。例えば、ばらばらの集落に住んでいると1日に3軒しかヘルパーさんは訪問できないが、都市部に集めると1日に6軒回ることができる。このように人々を集めて行政コストの引き下げを進めようとするのがコンパクトシティーの一つの狙いである。」と指摘していますが、こうしたいことを狙っているのでしょうか。
 だとすれば、とんでもないことです。逆に、今住んでいるそれぞれの居住地をいかに住みやすくするかに知恵と力を発揮することが行政の役割ですので、「集束」という考え方には、根本的な違いがあるように感じられてなりません。
 「これから自治体には金がなくなる」という人がいるかも知れません。その問題点こそ変えていかなくてはならない点ではないでしょうか。
 ある町では、山間地の沢スジに小水力発電機を多数設置し、町で電気を生み出して販売しているそうですが、沢スジの発電機には落ち葉や枝が流れてきて、定期的に取り除くメンテナンスが必要であることから、住み慣れた山間地での雇用が生まれているとのことです。また、中山間地の農業は、生産効率という点だけで一面的に考えると、決して楽ではありませんが、国土保全という視点で見ると大きな役割を果たしていますので、その点での直接払いや土地割りの補助制度、あるいは国土保全費用の支払いを行うなどの政策を行うことで、「中山間地でも食べていける」というしくみにすれば、人は離れません。
 こうした取り組みこそ、これからの人口安定(減少?)社会を支えていく政策ではないかと思う次第です。

上越市都市計画マスタープラン(中間報告)概要版 はこちら

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ひららぎ哲也

 27年間の私立高校教員を経て、日本共産党の上越市議会議員になりました。
 学校での教育実践のモットーは「一人ひとりを大切に」。学校の枠を超えて、若者が夢と希望を語れるような上越市を作ろうと、市政改革に挑んでいます。
 明るい街作りは暮らし応援の市政から。市民が主役の上越市政に挑む「ひららぎ哲也」に大きなご支援を!