財政指標を問題にするけれど

活動日誌
09 /05 2014
 一昨日から始まった9月定例議会。昨日と一昨日は、市長の提案に対する「総括質疑」というやつでした。いつまでたっても、「総括質疑」ということばの意味がしっくりこないのですが、とにかく市長の提案そのものに対する内容や意図をただすという意味の論戦です。
 その「総括質疑」では、多くの議員(会派)が、「自主財源率が低い」「経常収支比率が高い」といった財政指標を問題にしています。
 この財政指標というのは、市の財政全体の状況を評価する目安であるととされているもので、いくつかの視点がありますが、そのうち「自主財源率」は市の収入全体のうちの市が独自に確保できる収入(つまり市税や手数料など)の比率です。これが低いと、「依存財源」に頼っていることになるので、健全な財政にはならないという理屈です。しかし、そもそも地方自治体の収入の多くは「地方交付税交付金」です。この交付税というのは、本来は各自治体の本来の収入であるはずです。ただ、自治体によってかなりの収入の幅があることから、国で仮に一括して集めて、再配分しているという性質のものであると理解しています。ですから、もともと地方自治のための税金であることから「自主財源」と言えると思うのですが、これが「依存財源」とされていることから、俗に「3割自治」と言われているのだと思います。この地方交付税を、総務省が一手に握って、不透明な配分方法で各自治体に再配分していることから、自治体はその首根っこを総務省に押さえられているような実態になっているのです。ここに根本的な問題があるように思われます。
 一括して集めて再配分する仕事をするのであれば、総務省はその配分の仕方を完全にガラス張りにして、誰もが納得するような形で配分し、憲法に保障された地方自治の本旨を尊重すべきではないでしょうか。
 また、「経常収支率」が高いと、収入の多くを、毎年決まったところに使わなくてはならなくなるので、政策的な使い道が限られ、財政が硬直化してしまうというように言われています。
 しかし、この論点にも、納得できません。地方自治体というのは、市民の命と暮らしを守るべき最前線の行政機関です。そして、市民の暮らしは毎日毎日の積み重ねです。一定の特別な事業はありうるにしても、基本的には日常的な暮らしを支える恒常的な事業が中心であるべきです。ですから、市民生活を支える経常経費が大きいと言うことは、それだけ市民生活を中心に考えてた行政運営であるともいえる場合があります。特別な事業に使うお金が少ないと言うことだけで嘆くのは筋違いで、どの方向にお金を使っているのか、市民生活に本当に役に立つ使い方をしているのかをこそ、問題にすべきではないでしょうか。

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ひららぎ哲也

 27年間の私立高校教員を経て、日本共産党の上越市議会議員になりました。
 学校での教育実践のモットーは「一人ひとりを大切に」。学校の枠を超えて、若者が夢と希望を語れるような上越市を作ろうと、市政改革に挑んでいます。
 明るい街作りは暮らし応援の市政から。市民が主役の上越市政に挑む「ひららぎ哲也」に大きなご支援を!