どれぐらいで食べますか。筍

活動日誌
06 /10 2013
 朝堀の筍はおいしいと言います。その中でも、まだ落ち葉の間から十分に顔を出していないような若いものが柔らかくておいしいと聞きました。ところが、その話をしましたら、「そんなものは食べない。十分に大きくしてから食べるほうが、たくさん食べられる」という人もいます。この春もいくつか筍をいただきましたが、中にはかなり大きなものもあり、なるほどそういう考え方であったのかと思いました。実際には、大きなものは割に固く、柔らかいところだけを選ぶと逆に小さくなってしまうこともあります。固いものが好きな人はいいのかも知れませんが・・・・
キュウリも、かなり大きなものをいただくことがあります。大きなものの好きな人もいるのですね。中身が同じなら大きいに越したことはないのですが・・・
と、フェイスブックに投稿しましたら、早速反応がありました。

私の亡き祖母も小さなタケノコを掘ってくると「もったいない」と言って怒ったものです。
ですから、私が子どもの頃のタケノコの煮物というものは大部分が固くて食べられないものだと思っていました。タケノコが美味しいものだと知ったのは大人になってからです。

やはり、こうした体験をお持ちの方もいらっしゃるのですね。人間の思い込みなのか、食料の乏しい時代の生きる知恵なのか、どちらかが絶対に正しいとは言えないのかもしれませんが、おいしいものに巡り会うのが遅くなることは、ある意味でやるせないですね。

タケノコが土から顔を出し、お日様を浴びるとえぐくなる。だから地面がひび割れて顔を出す直前の奴を探せといわれましたよ。
しごくまっとうなお話です。妻の実家に言った際に、近くの竹山で筍掘りをしたときにも、義母にそう言われた記憶があります。
私のふるさとは、現在の居住地である「くびきの」と同様、孟宗はほとんどなく、筍と言えば根曲がり竹でしたので、地面から顔を出す前のものといってもピンときませんが、根曲がり竹の筍でも、あまり大きくなったものは堅くて食べられません。上手な取り手は、太くて短いものを専門に取ってきますので、共通な話だと思います。

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ひららぎ哲也

 27年間の私立高校教員を経て、日本共産党の上越市議会議員になりました。
 学校での教育実践のモットーは「一人ひとりを大切に」。学校の枠を超えて、若者が夢と希望を語れるような上越市を作ろうと、市政改革に挑んでいます。
 明るい街作りは暮らし応援の市政から。市民が主役の上越市政に挑む「ひららぎ哲也」に大きなご支援を!