デイサービスに挑戦

活動日誌
04 /17 2013
 今日、認知症の父が久しぶりのデイサービスに挑戦しました。というのは、数年前にはじめてデイサービスの「お試し」にいったところ、どうも気に入らず、途中で帰ってきてしまって以来、利用をあきらめていたのです。
 今回は、施設も別になったこともあってか、夕方まで無事に過ごすことができ、落ち着いた表情で帰ってきました。ただ、「どうだった」と聞くと、どうも宴会にでも行ってきたようなつもりになっているらしく、「うん、あまり飲んでは来なかったよ」とのこと。じつにおめでたい話です。
 さて、この春の「公の施設の再配置」では、たくさんのデイサービスセンターなどが民間に譲渡されたり廃止されたりしました。その理由としては、「介護保険制度の下では、行政が介護事業を行う時代は終わり、民間に任せる時代である。民間が参入しにくい地域でも、施設の建設がたいへんであるが、それを行政が行ったので、行政の役割は終わった。」という主張でした。
 しかし、よく考えると、実に変な話です。100歩ゆずって、行政が施設を建設することで役割を果たしたとすれば、その役割は施設の維持管理や、将来老朽化した際の建て替えも、役割の1つです。こうして、公設民営という形で民間に依拠するというのなら、話はある程度わかります。
 ところが、今回の「再配置」は、中古の建物を現状のまま引き渡し、後は引き受けた事業者の責任でやりなさいというものです。これでは、今ある施設が老朽化したら、それで完全におしまいということを前提にしていることになり、「行政が施設を造る役割を果たした」とはいえません。
 はじめから民間が参入する場合、行政が施設を作って無償譲渡すれば、最初のコストは助かります。しかし、建物はいずれ古くなるので、次のことを考えて減価償却なり、建て替えの積み立てなりをするのが当たり前ですから、長い目で見ると費用はあまり変わりません。最初の費用が、借金の返済になるか、積み立てになるかの違いだけです。したがって、建物を作ってすぐに譲渡したとしても、そんなに大きな役割を果たしたとは言えないのです。まして、今回はかなり古くなったものをそのまま押しつけるというようなやり方ですので、無責任と言えます。
 役割を果たすというのなら、維持管理や次の建て替えも含めて、しっかり責任を持つということが必要です。

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ひららぎ哲也

 27年間の私立高校教員を経て、日本共産党の上越市議会議員になりました。
 学校での教育実践のモットーは「一人ひとりを大切に」。学校の枠を超えて、若者が夢と希望を語れるような上越市を作ろうと、市政改革に挑んでいます。
 明るい街作りは暮らし応援の市政から。市民が主役の上越市政に挑む「ひららぎ哲也」に大きなご支援を!