「維新」とは

活動日誌
01 /02 2013
 最近「維新」という言葉が一人歩きして、その名をかたる政党まで出てきています。その際に、この「維新」という言葉は、まるでいいことのように言われていますが、はたしてそうでしょうか。
 辞書を見ると、「維新」というのは「すべてが改まって新しくなること。特に、政治や社会の革新。」とあります。しかし、政党名をかたる集団がイメージしている「維新」は、特に「明治維新」のことを指しているように思われます。
 そこで考えてみたいのは、その明治維新です。1867年の国内騒動では、確かにそれまでの徳川幕府が倒れ、明治政府による「近代国家」のような政治体制ができあがりました。しかし、それで権力を握ったのは、それまで支配されていた階層だったでしょうか。そうではありません。徳川封建体制下でも支配層の一角を占めていた下級武士たちが、天皇制という権力維持機構を利用して支配権を奪取した、いわゆる権力内部のクーデターでした。
 明治維新をまるで革命のようにいう人もいますが、全く違います。それまで苦しめられてきた農民や町民の暮らしがそれで楽になったわけでもなく、政治に参加できるようになったわけでもないのです。支配階級の内部で、首がすげ変わっただけなのです。しかも、そのために多くの血が流されました。そうした軍事クーデターが明治維新だったのです。
 今、その明治維新を賛美するかのように政党名に「維新」を用いている政党は、またこの国に150年前のような軍事クーデターをやらかそうというのが本音でしょうか。いや、その政党だけではありません。権力を手にした自民党も、その後の安倍首相の言動を見ていると、明治の政治支配体制に戻そうとしているようです。
 明治の世の中は、「文明開化」という言葉で賛美されていますが、実態は絶対主義天皇制のもとで、国民はほとんどの権利を奪われ、搾り取られるだけ搾り取られ、格差はひどく、多くの国民が貧困に苦しんでいた時代です。自分の思っていることをそのまま言うと警察に捕まって命まで奪われ、年中休みなしに働かなくては最低限の食い扶持すらままならないというのが、明治の暮らしです。そんな時代に戻されてはたまりません。
 昨年末の総選挙では、たしかに自民党が多くの議席を手中にしました。しかし、それは、小選挙区制の弊害で、濡れ手に粟のように転がり込んだ議席です。決して多くの国民に信任されたわけではありません。
 今年こそ、多くの国民の真の意思を表せる年にしようではありませんか。

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ひららぎ哲也

 27年間の私立高校教員を経て、日本共産党の上越市議会議員になりました。
 学校での教育実践のモットーは「一人ひとりを大切に」。学校の枠を超えて、若者が夢と希望を語れるような上越市を作ろうと、市政改革に挑んでいます。
 明るい街作りは暮らし応援の市政から。市民が主役の上越市政に挑む「ひららぎ哲也」に大きなご支援を!