役所が拘る「無謬性」?

活動日誌
08 /20 2012
 あるサイトを見ていたら、「役所が拘る『無謬性』」というくだりが出ていました。
 そうか、役所というのは「自分は絶対まちがわない。役所のやることには間違いはない」という信念を持ってやっているのか、と思った次第です。
 なるほど、これまでのいろいろな行政のやり方を見ていても、まず「これまでのやり方は間違いでした」という言葉はまず聞きません。仮に不具合が生じたことでこっそり修正しても、「まちがっていたので修正しました」ということも聞きません。そこにはどこの役所でもかなりの拘りがあるのですね。
 ま、考えてみると、簡単に間違いを認めて、「あれもこれも間違いでした」なんてことになったら、役所や行政への信頼感がなくなってしまいます。かなり慎重に検討しての行政運営のはずですから、間違いはそんなにないと思って見ていられるのが、市民からの信頼感の基礎に班っています。
 しかし、だからといって、そんな場面でも間違いを認めない、どこまでも意地を張るというのでは困ります。
 これまで私は、どうしてそこまでして間違いを認めないのだろうと不思議でしたが、なるほど行政というのは「無謬性」に拘りがあるのですね。善し悪しはともかく、納得はしました。
 そこで、今後は「無謬性」にはこだわらず、間違いは素直に認めて、それに基づいてすぐに修正するという姿勢をとってほしいものです。

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ひららぎ哲也

 27年間の私立高校教員を経て、日本共産党の上越市議会議員になりました。
 学校での教育実践のモットーは「一人ひとりを大切に」。学校の枠を超えて、若者が夢と希望を語れるような上越市を作ろうと、市政改革に挑んでいます。
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