地域自治区

活動日誌
10 /21 2008
 今日は総務常任委員会で合併前上越市における地域自治区の導入について所管事務調査が行われました。新提案は、地域割りをこれまでの16から15に減らすこと、事務所を3カ所とし、それぞれ4~6の自治区を管轄すること、地域協議会委員の定数を若干変更したことなどです。
 事務所の設置箇所や担当区の配置について、かなりの異論も出ましたが、あまり明確な答弁もなく、傍聴していても「数合わせではないか」という率直な感想を持ちました。
 審議の最後には、これで調査を終わりにせず、継続して調査を行うこととなりましたので一安心です。今の段階で提案に沿って固定化するとなると少々危惧を感じる内容があると思うからです。
 まず第一には地域の構成の仕方です。昭和の大合併前の自治体を基本にするとのことですが、約半世紀がたち、市民の日常生活上ではそれ以外のつながりや交流が日常化してきている地域があります。たとえば中学校区は必ずしも旧町村単位にはなっていません。城西中学校の学区は旧和田村、旧三郷村、旧金谷村、旧高田市にまたがっています。中でも旧金谷村は城西中、城東中、城北中の3つの中学校にまたがっているなど、かなり複雑な状況です。
 ある程度以上の世代や町内会同市のつながりで言えば旧町村単位でもしっくりくるのでしょうが、逆に現在の中学校を卒業した世代では、その分け方には違和感があるのではないでしょうか。また、包括支援センターなどの区分けも中学校区単位になっているなど、提案されている自治区が必ずしも日常的な生活圏になっていない面があります。
 第二には、事務所の配置と担当区の配置です。これも人口の配分や地理的配置などに目を奪われると、日常的な文化的社会的つながりを無視しかねません。新道区、津有区、高士区などは、あえて高田区と事務所を別にすることには無理があると思わざるをえません。
 このように、かなりぎくしゃくすることが予想されます。とはいえ、いつまでももたもたしているわけにもいきません。「まず始めてみてはどうか」という意見もあります。とにかく始めてもいいとも思います。ただ、とりあえず始めるとすれば、無理に細かく分けるのではなく、市民感情の最大公約数を取り入れて、せめて旧高田市と旧直江津市の二つで始めて、状況に応じてさらに分割を考えるというのはどうでしょうか。再考を期待しています。

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ひららぎ哲也

 27年間の私立高校教員を経て、日本共産党の上越市議会議員になりました。
 学校での教育実践のモットーは「一人ひとりを大切に」。学校の枠を超えて、若者が夢と希望を語れるような上越市を作ろうと、市政改革に挑んでいます。
 明るい街作りは暮らし応援の市政から。市民が主役の上越市政に挑む「ひららぎ哲也」に大きなご支援を!