標高の表示

活動日誌
10 /22 2011
 市では、津波対策の一環として、公共施設などにその場所の標高を表示しています。このほど、その表示する箇所が増えました。
 写真は、市総合体育館です。市役所の隣ですので、市役所の近辺も同じような標高ということになります。
 過去の例を調べると、天保4年(1833年)の庄内沖地震の際には、日本海沿岸の広い地域で大津波が発生し、能登では7メートルを超える巨大津波に襲われたとのことです。新潟県内でも、佐渡、出雲崎、岩船などの被害の記録が残っているようですが、それから推定すると、直江津でも5メートルを超える津波に襲われたと考えられます。
 沿岸で5メートルを超える津波は、川をさかのぼることによって、かなり標高の高いところまで到達する可能性もあります。仮に5メートルよりも高いところであっても、危険性は十分にあります。現にこの度の大震災では、釜石市の沿岸で、標高20メートルを超えていても壊滅的な被害を受けているところがありました。
 標高だけでは安全性を判断できません。しかし、逆に10メートル未満の標高のところでは、危険性はあると考えてもいいでしょうから、その危険性の啓発として、標高の表示は大いに意義があると思います。
20111022a

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ひららぎ哲也

 27年間の私立高校教員を経て、日本共産党の上越市議会議員になりました。
 学校での教育実践のモットーは「一人ひとりを大切に」。学校の枠を超えて、若者が夢と希望を語れるような上越市を作ろうと、市政改革に挑んでいます。
 明るい街作りは暮らし応援の市政から。市民が主役の上越市政に挑む「ひららぎ哲也」に大きなご支援を!