今の日本は

活動日誌
02 /21 2010
 昨日は党の役員が集まり、先月開かれた第25回党大会の決議について系統的に学習しました。これからそこで学んだいくつかの点について、私なりにまとめたいと思います。学んだことを、自分なりにフィードバックして人に語ることで、理解がより深まり定着するということは、学習理論でも何度も言われることですので、それを実践してみようというやつです。
 さて、数年前に靖国神社の「遊就館(ゆうしゅうかん)」を訪れたことがあります。これは皇国史観に基づいた戦争博物館で、入ってじっくり見ていると、まるで65年前の戦争が日本にとって必要かつ正当なもので、当時の天皇や軍部などの支配層がいかに正しいことをしたのかという感動!!にとらわれる、まさに「洗脳」の場でした。そこには、軍国主義の背景で犠牲になった多くの国民や、日本の侵略で踏みにじられてたアジアの人々の苦しみなどは、まったく意に介しません。人の命よりも、天皇制を守り日本の支配地を広げることの方がより重要なこととしてあたりまえに描かれています。
 このように、今でもあの侵略戦争を正当化し、まったく反省しない勢力が少なくありません。しかし、それを代表する「異常な」自民党政治が、昨年の総選挙で完膚無きまでにたたきのめされました。同時に、憲法を変え、この国を戦前のような日本に戻し、「戦争のできる国」にしようという勢力にも大きな鉄槌を加えました。
 自民党政治の異常さは、こうした侵略戦争正当化のほかに、「アメリカいいなりの政治」、「極端な大企業中心主義」があります。
 戦争直後、政治の面では、戦争犯罪者たちがアメリカの世界侵略政策のもとで公職に返り咲き、A級戦犯とされた者が総理大臣にまでなるというような異常な事態、1950年には朝鮮戦争による特需で、アメリカ軍のお陰で生産力を立て直すという経済の面の異常事態。こうしたことを経て、すべての面でアメリカいいなりになってしまっています。そして、国民の生活よりも大企業の繁栄を第一に考える異常。こうした数々の異常な政治を推し進めてきた自民公明政治に、しっかりとノーの判断を下したのが、昨年の総選挙でした。
 「国民が総選挙の審判にかけた思いは、自公政権によってもたらされた耐えがたい暮らしの苦難、平和の危機をとりのぞきたい、『政治を変えたい』という強い願い」と決議は述べていますが、まさにその通りです。
 同時に、自公政治の異常、「異常な対米従属」「大企業・財界の横暴な支配」から抜け出す方向を定めるまでには至っていません。
 日本の政治は今ちょうど川を渡り始めたところです。川のこちらの岸は、自民党の二つの異常な政治、そして川の向こう岸は国民が主人公の政治です。自民党政治の岸から離れて、川の中に入ったところがちょうど今です。しかし、腰まで水に浸かってしっかり渡りきるには、大きなエネルギーがいります。うっかりすると、膝やくるぶしまで浸かったところで戻ってきてしまうかも知れません。その背中を押して、しっかり向こう岸まで渡らせることが、今必要なことです。

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ひららぎ哲也

 27年間の私立高校教員を経て、日本共産党の上越市議会議員になりました。
 学校での教育実践のモットーは「一人ひとりを大切に」。学校の枠を超えて、若者が夢と希望を語れるような上越市を作ろうと、市政改革に挑んでいます。
 明るい街作りは暮らし応援の市政から。市民が主役の上越市政に挑む「ひららぎ哲也」に大きなご支援を!