土曜日も授業?

活動日誌
02 /09 2010
 学校でも土曜が休みになったのは、私がまだ教員をしているときでした。はじめは毎月第二土曜が休みになり、次に隔週で土曜が休日に。そして完全に週5日制になりました。
 学校の中でも賛否両論があり、「かえって忙しくなった」「時間配分がうまくいかない」「授業日をこんなに減らして大丈夫なのか」といった批判とも愚痴ともとれない議論があったものです。
 私も当初は慣れず、ウィークデーの5日間でめいっぱいやると疲れてしまい、土日はひたすら休むだけという生活でした。それもそのはず、仕事の量は変わらないのに、今まで6日でやっていたのを5日に圧縮したのですから、疲れるのもあたりまえです。慣れてきた頃には、土日は授業がないだろうということで、他の予定が入ってきます。それまでの1週間=7日から、1週間=8日、あるいは9日分のスケジュールが入ることになってきていました。これではたまりません。もともとゆとりを持つための学校5日制なのですから、土日はゆっくり休んだりふだんできないことにいそしんだりする日として使えなくちゃ!と思ったものです。
 でも、それも数年のうちに定着してきたのではないでしょうか。少しずつではあっても、確実に土日を有効に使えるようになってきたと思います。
 この学校5日制の導入は、学校現場からの積み上げで実現したのではなく、産業界や政治からの要請で上から導入されたものであることは確かですが、もともとの目的やねらいは決してまちがってはいなかったと思いますし、教員も労働者ですから週に2日は勤務から解放することも大事なことだと思うのです。
 そんなときに、東京都教育委員会が土曜日の授業を解禁するという報道を耳にしました。それなりに理屈はあるのでしょうし、関係諸団体の支持や要望も背景にあったかと思います。また、今のままで5日制を続けることの矛盾も生じてきたのでしょう。しかし、一つの前進であった制度を、矛盾の根本的解決を図るのではなしに、逆行する形でなし崩し的にヒビを入れさせるやり方はまちがっているのではないでしょうか。
 いかに多くの人が望んでいるとはいえ、例えば学習指導要領の押しつけや教員不足による授業内容の理解不足といった背景を無視して安易な解決を図ろうとすることは、結局はどこかに犠牲を強いることになります。当面は教員にしわ寄せが行くことでしょう。そして最後には子どもたちが犠牲になります。そうした事態だけは避けるべきです。
 現場からのじっくりとした議論や、行政による教育条件整備の責任を果たさせることを、まずすべきではないでしょうか。

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ひららぎ哲也

 27年間の私立高校教員を経て、日本共産党の上越市議会議員になりました。
 学校での教育実践のモットーは「一人ひとりを大切に」。学校の枠を超えて、若者が夢と希望を語れるような上越市を作ろうと、市政改革に挑んでいます。
 明るい街作りは暮らし応援の市政から。市民が主役の上越市政に挑む「ひららぎ哲也」に大きなご支援を!