わかりやすい表現

活動日誌
12 /26 2009
 市長に提出する予算の要望書を議員団で検討しました。橋爪団長もブログの議会基本条例策定の話題で触れていますが、だれが読んでもわかりやすい表現にすることが、こうした場合も必要です。しかし、実際にやってみると、実に難しいものだとあらためて感じました。
 毎週作っているニュースなどはなおさらです。字数が限られているので、ついつい略語やイニシャル文字を使ってしまいます。それが実にわかりにくい!たとえば、「中活」とか、「くらにぎ」ってわかりますか。「中活」は「中心市街地活性化」、「くらにぎ」は「暮らし・にぎわい再生事業」のことらしい!のですが、こうなると完全に特定学会内の専門用語?といった風情です。私自身しばらくは「なんのこっちゃ」という感じでした。
 互いに共通認識を持っているメンバーで議論する際に、頻繁に出てくる言葉として略語を使うことはあり得るでしょうが、周りで聞いていると外国語で話し合っているような感覚になり、挙げ句の果ては眠くなってしまうというような落ちもつきます。
 教員をやっていたときには、授業の際には「いかにわかってもらうか」が至上命題でしたので、あの手この手を使いました。しかし、子どもたちと面と向かい、互いにやりとりができたり、理解の度合いを推し量ることができたので、「ある表現でわかりにくければ別の表現で」といったことがその場でできました。そうこうするうちになんとかなったということの繰り返しだったような気がします。しかし、多くのかたに読んでいただくニュースなどはほとんど一発勝負。相手の顔色を見て表現を変えるとか、いくつもの方法で表現するとかといったことはできません。その意味で、絶えず緊張感が必要です。あらためて気をつけていこうと思います。
 なお、わかりにくい表現の代表は、裁判の判決文でしょう。
 以下は、葛飾ビラ配布弾圧事件の最高裁判決の一部ですが、何度か読み直さないとわかりません。しかも、文の意味がわかると、どうしてこんな判断になるのかがますますわからなくなるというしろものです。
 ごゆっくりご覧ください。
 本件では,表現そのものを処罰することの憲法適合性が問われているのではなく,表現の手段すなわちビラの配布のために本件管理組合の承諾なく本件マンション内に立ち入ったことを処罰することの憲法適合性が問われているところ,本件で被告人が立ち入った場所は,本件マンションの住人らが私的生活を営む場所である住宅の共用部分であり,その所有者によって構成される本件管理組合がそのような場所として管理していたもので,一般に人が自由に出入りすることのできる場所ではない。たとえ表現の自由の行使のためとはいっても,そこに本件管理組合の意思に反して立ち入ることは,本件管理組合の管理権を侵害するのみならず,そこで私的生活を営む者の私生活の平穏を侵害するものといわざるを得ない。

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ひららぎ哲也

 27年間の私立高校教員を経て、日本共産党の上越市議会議員になりました。
 学校での教育実践のモットーは「一人ひとりを大切に」。学校の枠を超えて、若者が夢と希望を語れるような上越市を作ろうと、市政改革に挑んでいます。
 明るい街作りは暮らし応援の市政から。市民が主役の上越市政に挑む「ひららぎ哲也」に大きなご支援を!