わかりにくい説明

活動日誌
03 /05 2009
 教員をやっていたときの心がけのひとつは、できるだけ平易な言葉を使って、相手にわかりやすく説明すること、そして相手がわかったかどうかを常に検証することでした。
 わかりやすくするためには、細かいところを深く理解するよりも全体像をまずつかむことが大切です。そこで、はじめは(ときとしてそのはじめで終わってしまうことが往々にしてあるのですが・・・)正確さを犠牲にしてでも一言でつかめるような説明をするように心がけてきました。
 もっとも、それがうまくいかず、子どもたちに十分に伝えることができないこともしばしばでしたが、「なんとか思いを伝えよう」という気持ちと、それに基づく努力だけはあったつもりです。
 ですから、子どもたちからの質問に対しては、まず何を聞かれているのかをしっかりつかみ、その求めている疑問にまっすぐ、しかも端的に答えられることが大事だと思ってきたものです。
 ところが、議会での市長の答弁を聞いていると、「とことん正確さにこだわり、一言一句まで歴史に残せるような言葉を選ぶことこそ大切で、そのためには”少々”わかりにくくてもしかたがない」あるいは「相手が何を求めているかということよりも、自分が何を思い何をしてきたかを伝える方が大事」と考えているとしか思えません。
 また、うがってみると、相手の質問にまっすぐ答えようとせず、似たような話題を巧みにちりばめながら、実は完全にすれ違った論点で自分の主張のみを述べるといった発言もあるように思います。
 「官僚答弁」という言葉があります。いかにうまくごまかすか、いかにうまく煙に巻くかといったようなたとえで使われますが、市民生活に責任を持ち、市民にもっとも身近な行政の代表である市長がそうしたことでは困ります。
 市民にいかにわかりやすい説明をするかが求められます。できるだけ短いセンテンスで、疑問の本質にまっすぐ応じる答弁をしてほしいものです。
 ――――昨日・一昨日の市議会総括質疑の模様をぜひご覧ください。―――――

コメント

非公開コメント

ひららぎ哲也

 27年間の私立高校教員を経て、日本共産党の上越市議会議員になりました。
 学校での教育実践のモットーは「一人ひとりを大切に」。学校の枠を超えて、若者が夢と希望を語れるような上越市を作ろうと、市政改革に挑んでいます。
 明るい街作りは暮らし応援の市政から。市民が主役の上越市政に挑む「ひららぎ哲也」に大きなご支援を!